春の訪れ」などではない。
毎年当然訪れること、この循環の中で共存と連鎖してきたことが
断ち切られるかもしれない不安を以ったものだ。
P3281803 posted by (C)redo_chan
幸い無事を得たが見るもの聞くものが厳しさに満ち未だ気分優れず、と想う。
人類史上では小事でも、一国一民の今にすれば大事である。
何故か救援救助に係わる人達の活動と尽力が目に触れにくく
大事を預かる所への非難と、被った土地と人々の今も報われない状況とを
突きつけ合わせ、テレビのショーは構成される。
19日のある番組に於いて、非常に同意見を得たコメントの始まりに、こうあった。
「日本人というのはいつからもこんなに間抜けになったのか、セコくなったのか」
抜き出したコメントは直下に災害地での窃盗を指しているが、広義に解釈してしまう。
ここ十年の競争社会から私は脱落した部類になる。
その代わり、世間一般に対する ”大事に於ける責任の実行” は強く追及する。
何故なら、弱い者が弱くなり強い者は更に強くなったからだ。
ところがどうだ、卑しいことばかりじゃないか。
裏政策の好機や見え透いた画策として、憶測立てるのは出来るだけ避けたいが
非常に残念な事ばかりで、自国を信じる気持ちは揺らぎ喪失寸前だ。
全体への信頼が薄らぐ中で、一層の個人主義を招く事が無い様、願いたい。
一っ時の義援金を納めて自分を安堵させることよりも
自分を含め大勢のこれから先を考える事の方が、怖ろしく大事だと思えてならない。
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