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どぅーしてココに着ちゃったの?!
  ここは redo_chan という、よく分らない匿名ユーザーが鉄則から外れてブログっている Blog です。

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アダルト関連の安価設定による影響と問題について

ハードルとフィルターの無い・・・つまり安く又は簡単に性産業サービスに触れることが出来る

こういった環境は、まず男性自身の性を脅かすものだと、僕も考えております。結果として行動に表れるものですから。


SEXは、特別な相手がいる上で自分で考え学んでいく謂わば修練でしょうか。
異性関係上の高位にある難しい接し方に交わりです。
個人の性理解度が低ければ、その実践も程度の低いものだし
相手ともギクシャクするでしょう。何も相手を満足させるテクニックではありません。

与える~与えたい行為は、まず相手に求めるものがあるから だと考えています。
それを言葉にすると、ちょっと盛り上がるんですけどw
「言わなくても解る」というのが好ましい。「やってほしい」と「してあげたい」が
上手く重なるようになるには、対人観念~思いやり、労わり、尊重、慰め、愛情など
普遍の精神が根っこにあるんです。


一番の問題は、マスターベイションに属する趣向で、性の理解を終了させる事です。
個人的に自由なものだからこそ、安易に済ませる~捉えることの危険性が
非常に顕著だと思います。
自由と云うものが孕む問題は、その他の対象からも窺える通りです。

この場で云う危険性とは、解釈の具合によって生じ固定概念となってしまう
異性の捉え方と、異性に与える影響です。
「安く又は簡単」に自己認識領域に入ったものは「安く又は簡単な理解」に
留まって当然です。
前記で「まず考証する対象には到底ならない訳です 」と大袈裟に書きましたが
不特定の男性に問います。
思い返してみて下さい・・・何か一つのAVを観た後、大半の方は
後始末とかズボン穿いたりとか空しくなったりとか沈静行動で完結するのでは?とw

安く又は簡単に入手し、安く簡単な観方で終わる。
「ああ、やりたい・・・彼女欲しい」と、また空しい人生の始まりと繰り返し・・・
自分もそうでしたw 考える~踏み込まないと「安く又は簡単な完結」に終わるんです。
興奮を得るオカズでしかない場合、これは見せられているだけで
営利企業の思惑にドップリ支配され操られているだけですw

>AVにしても風俗にしても、プロでなきゃいけないですよ!

AVを観て私が感じるのは、提供する側の一部に
<金を出す客を舐めている提供者が沢山いる>って事です。
舐めたAVに興奮してシコシコ・・・思惑にドップリ支配され操られてシコシコ・・・

こういった現実に気付いて欲しいから「考えて下さい」と言いたいんですね。
性という罠、安く簡単という罠、重なる罠に理性は飛びます。
寧ろ、飛ばしていると思います。景気云々ではないと思ったりもします。

良い悪いの評価を「自分には合わなかった」と感性だけで留めるのが稚拙です。
「自分には合わなかった」でも(・∀・)イイ!!です
例えばカノジョと別れて「自分には合わなかった」と
例えば離職して「自分には合わなかった」と
よくある結論ですね。

女優のインタビューを飛ばしますね?
オープニングやエンディングにある監督名を見ませんね?
チャプターで飛ばして観ますね?
よく見る男優さんはいつもどう?

何故良いのか?何故ツマラないのか? 理由を考えることが第一歩。
ちょっと考えれば制作意図や出演女優、つまり人間考察に行き着きます。
結局、自分の趣向に合う監督と女性とのマッチングなんです。

AVの延長線上に実際のSEX~リアルでのSEXがあると捉える事は
馬鹿げたことでは無いでしょう。
指の使い方や電マや体位じゃないんです、これは二次的なものw
見せるものとして演出の一部です。
安く簡単に性行為を捉えてしまった雑な概念が広く浸透してしまうこと
そして結局身近な異性にこれが反映されてしまうのではないかという危険性なんですね。
「AVと実際は別物」と線引き出来る場合ですが、マスターベイション面で満足してしまうと
実際面は意欲的では無く減少するのでは、と指摘しちゃえます。

---ではタイトル「アダルト関連の安価設定による影響と問題について」から外れます---

「どういった女優(女性)が、どう感じ、どう乱れているのか」
「どこの誰が何をやっているのか」という事です。
誰が何をやっているのか・・・と
ココから突っ込むことで異性を理解する歩みが始まるんです。
AVという観られる舞台に上がった女性たちですよ、裸を見せるだけなのでしょうか?
もしかすると「私という女~人間を見て欲しい」と潜む人もいるのではないでしょうか。
AVとは云え出演女性への純粋な想いは理解に発展し、実際に反映されます。
「オレ、恋したような・・・キュン」大いに結構です!

AVに考察を用いることは「自分は何が好き?何を求めているんだ?」という事になります。
結局の処、自分を知ること・・・自己理解なのです。

もはやAVの範疇から外れますが、枷を取り払うことが重要です。
音楽、映画、本、衣服、家具、仕事、社会、世界、対人
たまたま生まれた時代の全てに接し、ただ時代に流されシコシコするのでしょか?
そうではない筈です。
接して経験し吸収したことで、理解し考え、それを実践に移してきたでしょう。
感覚したことを分け隔て無く扱えば、人生が少し満ちたものになるのでは・・・

何故ならば、経験と思考を以って人間は成長する生き物だからです。
考えることで理解を深め消化し、それを実践する生き物だからです。


随分長々と弊害盛り沢山で散らかったものになりましたが
私が現状で纏められる全てを書き留めてみました。